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奈良地方裁判所 平成6年(行ウ)13号 判決

原告 吉川家英

被告 奈良県知事

代理人 種村好子 谷川利明 芳川一之 臼木進治 江波利隆 ほか七名

主文

一  本件主位的訴えを却下する。

二  別紙物件目録記載の土地について、建築基準法四二条二項の規定に基づく被告の指定処分が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  請求の趣旨

1  主位的請求

被告が平成元年一月三〇日付けで別紙物件目録記載の土地につき建築基準法四二条二項道路に当たると判定した処分は無効であることを確認する。

2  予備的請求

主文第二項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

本件訴えをいずれも却下する。

(本案の答弁)

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件通路部分」という)の一部を所有する原告が、本件通路部分について、建築基準法(以下「法」という)四二条二項所定の要件及び被告が告示をもってした法四二条二項道路(以下「二項道路」という)の指定処分の要件が存在しないとして、右要件が存在すると判定した処分の無効確認(主位的請求)及び右指定処分が存在しないことの確認(予備的請求)を求めている事案である。

二  争いのない事実等(証拠は各項中に掲記のとおり)

1  原告は、本件通路部分の一部を形成する奈良県御所市字屋敷八三七番一(以下奈良県御所市外屋敷の土地については地番により「八三七番一の土地」等と表示する)、八三七番二、八三八番一、八三五・八三六番二の各土地を所有している(〈証拠略〉)。

2  法施行の日である昭和二五年一一月二三日当時、八三七番一、八三七番二及び八三五・八三六番二の各土地は田であり(〈証拠略〉)、八三八番一(〈証拠略〉)及び八三二・八三三番三(〈証拠略〉)の各土地は登記簿上の地目が田、八三四番一(〈証拠略〉)の土地は登記簿上の地目が畑であった。本件通路部分付近の建物の建築時期に関して、八三二番地、八三三番地及び八三四番地の土地上に所在する山本利一郎所有の居宅及びその付属建物である工場等については、昭和四三年に所有権保存登記がなされ(〈証拠略〉)、八三八番三の土地上に所在する建物については家屋台帳中に建築年次昭和三七年という記載がある(〈証拠略〉)。

本件通路部分中には、幅員〇・九一メートルから一・二一メートルの里道がある(〈証拠略〉)。

3  本件通路部分の現況幅員については、争いがあるが、およそ西側から東側へと徐々に狭くなっており、少なくともに西側入口部分で幅員三・八メートル、最も狭いところで幅員二・二メートル、本訴で確認の対象となっている八三七番二の土地の南東端付近で幅員二・二五メートルであり、幅員一・八メートル以上あることに争いはない(〈証拠略〉)。

4  本件通路部分を含む奈良県南葛城郡御所町(現在の奈良県御所市)は、法の施行日(昭和二五年一一月二三日)前の昭和二五年九月一五日付け建設省告示一〇五二号により都市計画区域と指定されていたところ(〈証拠略〉)、昭和二五年一一月二八日付け奈良県告示第三五一号により被告は「都市計画区域内において法施行の際現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満一・八メートル以上の道」を二項道路とする旨の指定処分をし(〈証拠略〉)、右指定の廃止と同時に同一区域内について、昭和三七年一二月二八日付け奈良県告示第三二七号(以下「本件告示」という)により被告は「幅員四メートル未満一・八メートル以上の道」を二項道路とする旨の指定処分をした(〈証拠略〉)。

5  原告、吉川雅勇及び吉川陽子は、住友林業株式会社の職員を介して、八三七番一及び八三七番二の土地上の建物新築工事の建築確認申請(〈証拠略〉)をするに先立ち、奈良県高田土木事務所に対し、本件通路部分が二項道路に当たるか否かを照会したところ、同事務所の建築課長(建築主事)は、平成元年一月三〇日、本件通路部分は二項道路である旨回答した(〈証拠略〉、以下「本件回答」という)。

6  原告は、原告が八三八番一及び八三八番三の土地上の建築物に付属して設置した塀につき、奈良県高田土木事務所長から法四四条(道路内建築制限)違反であるとして平成元年一一月一四日付けで塀の撤去是正の指示(〈証拠略〉)を、平成二年三月三〇日付け(〈証拠略〉)及び同年一一月二六日付け(〈証拠略〉)で同旨の勧告をそれぞれ受けている。

三  争点

1  主位的請求につき、建築主事がした平成元年一月三〇日付け二項道路に当たる旨の本件回答は処分性を有するか。

2  予備的請求につき、〈1〉被告が本件告示をもってした二項道路の指定処分は処分性を有するか、〈2〉訴えの利益があるか。

3  本件通路部分は、基準時(昭和二五年一一月二三日)において、法四二条二項の要件及び被告が本件告示をもってした二項道路の指定要件を充たしていたか、すなわち、基準時において、〈1〉幅員四メートル未満一・八メートル以上の道であること、〈2〉現に建築物が立ち並んでいることの各要件を充たしていたか。(被告の主張立証責任)

四  争点に関する各当事者の主張

1  争点1について

(原告の主張)

行政事件訴訟法三条の「処分」とは、公権力の主体である国又は公共団体が法令の規定に基づき、優越的な意思の発動として具体的事実に関し、直接、一方的に国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する行為を指し、法律行為的行政行為のほか、確認行為、公証行為等の準法律行為的行政行為及び公権力の行使に当たる事実行為も含まれる。

ところで、本件告示による包括指定処分によっては、具体的にどの狭隘道路が二項道路に当たるかは不明であり、奈良県により特定の狭隘道路につき奈良県の包括指定の要件を充たす旨の判定がなされて初めて二項道路を接面道路として建築することが可能となるとともに、二項道路内の建築制限(法四四条)等の私権の制限が生じることとなる。

現に、原告は、奈良県高田土木事務所長から、法四四条違反であるとして八三八番一及び八三八番三の土地上に構築した塀を撤去するように指示、勧告されている。

このように、建築確認の際に行われた二項道路である旨の判定は、具体的に奈良県民の権利義務を形成し、またその範囲を確定する行為であるから、行政処分に当たる。

(被告の主張)

抗告訴訟の対象となる行政庁の公権力の行使に当たる行為とは、「公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいう(最判昭和三九年一〇月二九日)。

奈良県高田土木事務所建築課長(建築主事)が本件回答をしたのは事実であるが、被告が本件回答をしたものではなく、仮に、被告が本件回答をしたと解されるとしても、本件回答によって二項道路か否かが決定されるものではないから、本件回答は処分性を有しない。

2  争点2について

(原告の主張)

仮に、本件回答が行政処分に当たるとはいえないとしても、本件告示は処分性を有する。告示は一般処分であるが、一般処分であっても、特定人の権利義務に直接関係する場合は、行政処分もしくはそれに準ずるものとして抗告訴訟の対象となると解されるところ、原告は前記のとおり本件告示をもってした被告の指定処分により私権の制限を受けているから、本件告示は処分性を有するとともに、原告には右指定処分がないことの確認を求める利益がある。

(被告の主張)

本件告示による二項道路の指定の効果として、指定要件を充たす道については、法四四条により工作物の建築制限を受けることとなるが、このような効果は、本件告示中の一般的な要件に基づいて、その要件に該当するものに対して包括的に道路指定を行うというものである。本件告示による指定は、法四二条一項三号の道路が同号の規定によって当然に法上の道路となるのと実質的に変わらず、その意味では法令の制定と同視すべきもの、すなわち、不特定多数の者に対して一般的抽象的な制約の効果を生じさせるものにすぎないと解される。

したがって、本件告示による指定は、処分性を欠くものというべきである。

3  争点3について

(被告の主張)

奈良県高田土木事務所職員高安秀和らは、公図、現況写真、建物配置図、八三八番三の土地上に所在する原告所有の建物の家屋台帳登載証明書、八三二番地、八三三番地及び八三四番地の土地上に所在する山本利一郎所有の建物の登記簿謄本を確認するとともに、平成元年一月二七日ないしその他の日に現地調査を行った。

基準日における本件通路部分の幅員については、明らかにはできなかったが、本件通路部分内には幅〇・九一から一・二一メートルの里道が存在しており、本件通路部分の現況幅員は約三メートルあることが認められるので、おおむね基準日においても少なくとも幅一・八メートルの道路はあったものと推定された。

(原告の主張)

(一) 本件通路部分は、基準時において、三尺道(幅員〇・九一メートル)といわれる農道(里道)にすぎず、本件通路部分の東奥北側にある原告所有建物は昭和二七年に建築され、本件通路部分の東奥南側にある農小屋は昭和二九年に建築されたものであるから建築物は立ち並んでいなかった。

(二) 二項道路に当たるか否かは、基準時当時の地図を見た上、現地調査を行って判定されるが、被告は基準時当時の地図を見ず、現地地図も行わなかった。

(三) 本件通路部分は、原告の敷地が、人や車の通行により踏み固められて一部道路様の形状を呈しているにすぎないものであって、縁石や側溝はなく、道路としての境界も明らかではなく、幅員も定まらず(西側入口部分は幅員六メートル、最も広いところで幅員八メートル以上、最も狭いところで幅員三・二五メートル)、道路中心線を特定することもできず、道路というに値しないものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四争点に対する判断

一  争点1、2(各行政庁の行為の処分性)について

1  本件回答について

無効確認訴訟の対象となる行政処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうが、二項道路は、法四二条二項が規定するとおり、特定行政庁が一定の指定要件に該当する道につき指定処分をした結果として観念的に発生し、右指定要件に当たるか否かは客観的基準により決まるものであって、行政庁側に要件裁量の余地はない。そうすると、建築主事がした本件回答は、法的にはもちろん実質的にも個人の権利義務、法律上の利益等に直接影響を及ぼすものではないから、処分性があるとはいえない。

2  本件告示について

原告の予備的請求は、本件通路部分につき、被告の二項道路の指定処分が存在しないことの確認を求めるものであるところ、右請求は、被告の二項道路の指定処分自体の公定力を排除しようとする趣旨の訴えではなく、本件二項道路の指定が一定区域内にある指定要件を充たす道について一括して指定する方式(以下「一括指定方式」という)によって行われていることから、原告が自己所有の土地について、本件指定処分の効果として道路内の建築制限等(法四四条)の義務を負わないことの確認を求めるという趣旨の訴えであると解される。なるほど、本件指定処分それ自体は、不特定多数者に向けられた処分であって、内容的に抽象性をもつ処分であるということができる。しかし、このような処分であっても、それにより受ける拘束が現実的、具体的であって、原告に、当該拘束を排除することについての訴えの利益が認められる場合には、当該処分の効果として生じる義務の存在を争うことが認められて然るべきである。そして、後述するとおり、本件においては訴えの利益を肯定することができる。

二  争点2(訴えの利益)について

前述のように一括指定方式によって行われた二項道路の指定処分(いわゆる一般処分)の効果として生ずる義務の存否を争う訴えにおいては、原告に生じる義務が現実的、具体的であって、当該義務の存否の確認を求める利益がある限り、適法性が認められるものと解される。

法上、特定行政庁による二項道路の指定処分の効果として、道路敷の所有者は当該土地を一般交通の用に供するよう義務付けられ、建築物又は敷地を造成するための擁壁の道路内への建築等が禁止され(法四四条一項)、道路内建築制限の違反に対して、特定行政庁から当該建築物の除去、移転等の是正措置命令の対象となりうるとともに(法九条)、私道の変更又は廃止が禁止又は制限される(法四五条)などの不利益を観念的に負っている。

本件において、〈1〉原告は、これらの不利益に加えて、前記争いのない事実等6に記載のとおり、八三八番一、八三八番三所在の原告所有の建物に付属して設置した塀につき法四四条の道路内の建築制限に違反しているとして、奈良県土木事務所長から塀を撤去し是正するよう指示、勧告を受けていることが認められ、未だ是正措置命令(法九条)が発せられるには至っていないものの、原告が不利益処分を受けるおそれは現実化、具体化しているといえること、〈2〉原告には、是正措置命令が出された後で、その取消訴訟等の中で、二項道路該当性を争う途もあるけれども、二項道路の指定処分の主体である被告との間で本件通路部分に属する原告の所有土地全体について二項道路の制限を受けないことの確認を求めることの方が、より直接的かつ抜本的な解決が図られることからすれば、原告の予備的請求には、訴えの利益があり、適法性が認められる。

三  争点3(二項道路の要件該当性)について

昭和三七年の奈良県告示は、「幅員四メートル未満一・八メートル以上である道」を二項道路と指定するというものであり、法四二条二項に規定されている「現に建築物が立ち並んでいる」という要件が欠落しているが、法四二条二項の規定上、特定行政庁が二項道路の指定処分をするにあたっては、法四二条二項所定の要件を充たすことが最低条件であると解されるから、本件通路部分が二項道路に当たるか否かは、奈良県告示の要件に「現に建築物が立ち並んでいる」という要件を付加して判断すべきである。すなわち、二項道路の指定要件としては、法施行日である昭和二五年一一月二三日当時、〈1〉幅員四メートル未満一・八メートル以上の道であること、〈2〉現に建築物が立ち並んでいることがそれぞれ必要である。

そこで、要件〈1〉について検討するに、被告は、本件通路部分の基準時における幅員は明らかではないが、本件通路部分内には幅員〇・九一から一・二一メートルの里道が存在すること、本件通路部分の現況幅員は約三メートルあることから、基準時における幅員は、少なくとも一・八メートルあったと推定される旨主張する。

しかしながら、被告の指摘する右間接事実からそのような推定がされるとはいえないし、むしろ、〈証拠略〉の近隣居住者の供述内容からすると、本件通路部分が拡幅されたのは昭和三九年ころであって、それ以前の本件通路部分は田の畦道で幅員約一メートルないしはそれ以下であったことが窺われるから、基準時当時において本件通路部分の幅員が一・八メートル以上あったとは認められない。

また、要件〈2〉についても、昭和三八年一〇月八日撮影の航空写真(〈証拠略〉)によれば、本件通路部分は東奥の部分を除き田の畦道であることが認められ、道を中心に建築物が寄り集まり市街の一画を形成していたとは到底いえない。したがって、本件通路部分は基準時当時「現に建築物が立ち並んでいる」という要件を充たさない。

そうすると、本件通路部分は二項道路であるとは認められない。

二  よって、本件主位的訴えは不適法であるから却下するが、予備的請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前川鉄郎 石原稚也 田口治美)

(別紙)物件目録

一 別紙図面ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、シ、ス、セ、及びアの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分(境界については争いはあるが、その北側は奈良県御所市字外屋敷八三七番一及び同所八三七番二の土地、その南側は同所八三五・八三六番二の土地である。)

(別紙図面)〈省略〉

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